2012年10月 9日 (火)

Happy Birthday John

今日はジョンの72回目のお誕生日birthday
これは彼の曲の中でも大好きな曲です。

おめでとう、ジョン。

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2011年9月 8日 (木)

ジョン・レノン、ニューヨーク

東京都写真美術館ホールで公開中の「ジョン・レノン、ニューヨーク」を観て来ました。
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ジョン・レノン、ニューヨーク 公式HP
とても面白かったですよgood
ジョンとヨーコがニューヨークでどんな生活を送っていたか、生前の彼のインタビューや映像、関係者の証言で辿っていきます。
いくつかのライブ映像やインタビューは見たことがあるものでしたが、時間経過とともにとても上手くまとめられていました。

「ダブルファンタジー」の制作が始まる頃から、「あ~、もうすぐだsweat02sweat02sweat02」って、見ている私も辛くなってきてしまいました。
どんな結末になるのかって、わかってはいるのですが、やはりその場面になると思わず涙がsweat02
避けられない事実。
ヨーコの病院での話はたまらなく辛く、私も同じように考えたでしょうsweat02

彼の作品もたくさん出てきます。
「Watching The Wheels」は歌詞を含めて好きな曲の一つですが、この歌の意味がものすごく良く伝わってくるエピソードも語られています。
今ごろですが、「それが言いたかったのね」って。私は言葉の上辺の意味だけしかわかっていませんでした。今、私もこの歳になったからこそ、彼が言いたかった本当の意味がわかるのかもしれませんが。

彼を失ったのは本当に大きな、大きな損失。
彼を失って30年。その間、彼が生きていたら、どんな作品を生み出していたのか、どんなことをやらかしていたことでしょう。
本当に・・・。

東京での公開は今月16日まで。全国各地でまだ公開中のところがありますので、是非どうぞhappy01

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2010年11月12日 (金)

ノーウェアボーイ

今週の月曜日に映画「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ 」(うっcatface、この邦題は付けなくても・・・)を観て来ましたmovie
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これは、若きジョン・レノンが二人の母親(育ての親と生みの親)の間で葛藤した日々(ビートルズに入る前まで)を描いた映画。

二人の母親がいたことは有名な話ですが、実際それがどんな関係だったか、知る由もなかったのですが、映画ではわかりやすく描かれています。
もちろんドキュメンタリーではないので、脚色されてはいますが、二人の母親が多感な年頃の彼に与えた影響がよくわかります。
悩んだり、傷ついた分、人間ってその経験からたくさん学ぶことができる・・・その後のジョン・レノンにつながっていくんですね。

平日の午前中に行ったので、かなり空いていました。
お客さんは、みんな、どうみても私より年上。
ビートルズ世代、もしくはそれ以上のシルバー世代が多かったかな。
でもジョン・レノンを知らない若い世代にもお薦めの映画ですよ。

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2010年2月 5日 (金)

ジョン・レノンミュージアム 閉館

先日、突然、年内に閉館するだろうというニュースが入って来ましたが、正式に今年9月に閉館することが決まりました。
ジョン・レノンミュージアム HP
最初から10年の契約だったような書き方がされていますが、やはりかなりの赤字経営で苦しかったようです。(ヨーコのメッセージもこのリンク↑で見られます。)

もしまだ一度も行ったことがない人は9月30日までなので、急いで。
ファンなら(いやファンでなくても)訪問する価値ありです。大切な「何か」を見つけることができるでしょう。

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2008年12月 9日 (火)

ジョンの命日。

昨日12月8日はジョン・レノンの命日。
毎年何かしら書いているのでやはり今年も。

先ほどテレビで「ジョン・レノン スーパーライブ」の様子を紹介してました。
ジョンの曲を日本のアーティストが歌い、このライブの収益で学校を作るというチャリティイベント。
その舞台上でオノ・ヨーコが涙したというのを取り上げていました・・・。
もっと ジョンに「I love you」って言ってあげたかったって・・・。

毎年今頃行われているこのライブですが、今年は昨日、そうです、ジョンの命日に開催されたので、やはりいつも以上にヨーコは感じるものがあったのでしょうか?
もちろん、命日だって命日でない日だって、彼に対する気持ちには変わりはないのでしょうが、やはり28年前の「その日」が来るたびにその「瞬間」つまり「死の瞬間」を思い出してしまうのかな・・・と。
だからそんな言葉が出てきたのかな・・・と。

12月8日は太平洋戦争開戦日でもあります。
たまたまなのか、開戦日だったからか、わかりませんが、3月10日の東京大空襲のことをテーマにしたドラマが昨晩やってました。ドラマは見なかったのですが、プロローグの部分、東京大空襲の説明部分だけ見ました。それはとてもとても悲惨なものでした。
両国にある「慰霊堂」も取り上げていて、(前、ここの近くに住んでいたので隣接していた公園によく遊びに行ったこともあり、とても身近な場所でしたが)ここに何万という身元不明の骨が納められていることを紹介していました。
ご存知のように両国、本所地区は東京大空襲でも被害が大きかった場所です。
毎年、式典・祭礼がここで行われ、本堂に入ってお焼香をすることもできたので、毎年盆踊りの際、子供とお焼香をしたものです。
ただ数年前に両国から離れると、そんな機会もなかなかなく、戦争がとても遠いものとなっていました。

でも年に一度でも、思い出すことはやはり必要なのではないか・・・と。
「Love and Peace」 
やっぱり12月8日はそんなことを考える日にしたいな・・・。

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2008年8月17日 (日)

軽井沢にて

軽井沢に行って来ました。
軽井沢は13年ぶり。
朝晩は東京と違って涼しくて過ごしやすかったです。
何か特別なことをするわけじゃなくて、のんびりサイクリングや買い物(アウトレットのショッピングモールがあります。)をして、日常の家事から解放された3日間でした。

13年前に行った時、ジョン・レノンが泊まったことで有名な「万平ホテル」に行きました。
古くて趣のあるホテルです。
そこでジョン・レノンの写真やサイン等が飾られていたのを思い出し、また行ってみました。
メイン・ダイニングを通り過ぎて、奥の廊下にそれはあったはずだったのですが・・・。
前にあった場所ではなく、今回はひっそりとお土産の上の方に飾ってありました。
ヨーコがクレームを出したのかな・・・?
写真はなく、サインと二人の似顔絵とホテルのコメントが少し。
1976年から亡くなる前年1979年まで毎年宿泊していたそうです。
写真をクリックするとかなり拡大されますので、よく見たい方はどうぞ。
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2008年6月21日 (土)

神保町の眼鏡屋さん

先日神保町を歩いていたら、こんなお店を見つけました。
Boating_006 Boating_004 Boating_005 Boating_007 なぜこんなにもジョン・レノンの写真が飾ってあるのか、たくさんのジョン・レノンのモデルらしき眼鏡があるのか、不明なのですが、看板からすると、かなり歴史のあるお店のようです。
神保町は私の通っていた大学のそばなので、何度もここは通ったはずなのですが、その時は気が付かなかったのでしょうか?
それともその時はフツウの眼鏡屋さんだったのか?
う~ん、謎です。think

PSコメントのカウントがちゃんと表示されてないようですが、ちゃんとコメントにはお返事書いていますので。

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2008年5月14日 (水)

イマジン・ピース・タワー

月曜日にたまたまジョン・レノンとオノ・ヨーコのドキュメンタリー番組をテレビで見ました。
再放送かどうか詳しいことはわかりませんが、初めて見ました。
「イマジン・ピース・タワー」がアイスランドに建設されるまでのことを中心に、途中現在のヨーコのインタビューを交えてのドキュメンタリー。
イマジン・ピース・タワーとは40年前のヨーコの作品リストにあった「Light House」を実現したもの。40年後の昨年2007年に完成しました。
イマジン・ピース・タワー
これが建設されるまでの話やヨーコの幼少時代の映像(この時代の日本人で動く映像が残っているなんて、やはりものすごいお金持ちのお家だったと再認識しました。)や話もとても興味深かったですが、何よりもびっくりしたのは、ヨーコの娘京子さんの話。
ヨーコの娘京子さんは前の夫との子どもで、離婚調停中に前夫と行方不明になってしまい、そのことにず~っとヨーコは心を傷めていた・・と。
歌にも京子さんのことを歌った歌があるように有名な話ですよね。
自分の娘が今どこに、どのように暮らしているかもわからないなんて、それはそれは辛いことだと・・・余計なお世話だけど、私も気になっていました。今どこにいるのかな?って。

それが、すでに京子さんは見つかっていて、二人は再会していたということでした。
1992年って言ってたかな?
私、それを知らなかったのでcoldsweats01、この話を一昨日のテレビで知って、ものすごく嬉しくなっちゃって。
と言っても16年も前に再会していたので、知らなかったのは私だけ?今もまだ行方不明だとばかり思っていたので。
京子さんのインタビューの映像は世界初だとか言っていたけれど、なぜ、それまで名乗りでなかったのか、再会した時の気持ちとかを語っていました。大人の事情に巻き込まれてしまって、お母さんから離れざるを得なかった時の気持ちを京子さんは、素直に語っていましたが、その内容はやはり辛いもの。
でも、再会以来、交流をもち、今はその離れていた年月分も仲良くしているということ。
よかったなぁ~。happy01
今頃こんな話をして・・・皆さまはとっくに知っていた???
ちょっとマヌケかもしれませんが、長い間気になっていたことが、解決して、私はとても嬉しかったので、ちょっと書かせてもらいました。

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2007年12月10日 (月)

Imagine

12月8日・・・ジョン・レノンの命日。
2日も過ぎちゃったけど、やっぱりちょっと書きます。

ヨーコのメッセージとジョンの映像を見ました。
Imagine Peace War is Over
ヨーコのメッセージはやはりとても悲しくて、そして映像は具体的に心に訴えてきます。
John's message is still alive

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2007年10月10日 (水)

探しモノは?

今日探し物をしていたら、こんなモン見つけました。
Ts360360_2 1981年1月18日の朝日新聞に載せられたオノ・ヨーコの文です。
そうです、その前年の12月8日にジョンが殺されて、その後に出されたのヨーコの言葉です。
「感謝をこめて」というタイトルで、内容は励ましや心配してくれる方への感謝の言葉、そしてこのジョンの死を利用してお金儲けをたくらむ人への皮肉。「ジョンはそれが生活のためなら、きっとそれを許すでしょう。私に使用許可を求めなくて、どうぞご勝手に。」などと書いてあります。
そしてジョンを失った悲しみ、ジョンへの愛について。
ジョンとヨーコは身体が二つに分かれているけれど、心はいつもひとつだったというようなことが書かれています。
10月7日の私のブログにたまたま書いた「Grow Old With Me」の歌詞に出てくる、枝が分かれているけれど幹がひとつという言葉と同じですね。
Grow old along with me
Two branches of one tree
Face the setting sun
When the day is done
これを私は多感な10代に読みました。
その頃はジョンの熱烈なファンでもなかったけれど、この事件はやはりとてもショッキングだったことは覚えています。
身体が別々になっているだけで、心はひとつと言い切っちゃう二人。ちょっと書くのも恥かしくなっちゃうけれど、そんな風にお互いを思い合えるなんて・・・いいなぁ。十代の少女が憧れるような愛のカタチ。こんな人が自分に見つかるのかなぁ・・・なんて。
十代の少女だったわけですから、許してね。
この新聞広告(?)が載ったのはよく覚えているけれども、まさか取ってあるとは思わなかったから、今日見つけたときは超びっくりしました。
何の記事だろう?と思って開けた時に、折り目からちょっと破けてしまったほど傷んでいたし、ところどころにシミが。
だって約27年前の新聞ですよ。よく取ってあったなぁ。
くしくも10月9日はジョンのお誕生日で生きていれば67歳です。
昨日何か書こうと思ったのだけど、特に誕生日だからといって何か書くことも思いつかなかったのでやめましたが。
またそっとたたんでしまっておきました。
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ヨーコは1月11日の日付でサインがありますが、日本で掲載されたのは1月18日でした。

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